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zoom RSS 奈良時代にもあった街路樹、黄梅、 そして 万葉集より抜粋

<<   作成日時 : 2017/02/22 14:06   >>

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今朝の毎日新聞の朝刊に鳥取県埋蔵文化センターが「古代山陰道に街路樹」と、言う見出しで
平安時代のものとみられる柳の街路樹跡が見つかったと、報じています。
平安時代以前の都大路や地方の主要道には街路樹が植えられていたと言うことは文献に記されているが実際には樹木が発掘されたのは今回が初めてと、有り
『大伴家持も詠んだ柳の根っこ18本』と有ったのですがその歌は

春日尓   張流柳乎    取持而   見者京之    大路所念
 はるのひに はれるやなぎを とりもちて みればみやこの おほちしおもほゆ

というもので天平勝宝2年3月2日「柳を手に持って見るとしみじみ奈良の都大路が思われることだ」と、で大伴 家持が越中国の国司在任中に奈良の都大路を思って詠んだ歌で家持が鳥取の方に赴任するのはまだこの後数年後になりますがこの歌は私のブログ昨年の7月19日にhttp://a-oohikai-z.at.webry.info/201607/article_10.html載せています。

それはさて置き、梅や蠟梅は載せましたが今日はオウバイを載せました。
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オウバイ(黄梅)  モクセイ科  ソケイ属

学名: Jasminum nudiflorum

原産地: 中国が原産

落葉低木

冬の終わりごろから花を咲かせるので、中国では「迎春花(Ying Chua Hua)」と呼ばれています。高さは60〜120センチほどですが、枝は横に伸びて垂れ下がり、地面を這います。2月から4月ごろ、葉の展開に先立って、黄色い花を咲かせます。花冠の先端は5〜6裂します。




巻十九.・四一七〇 天平勝宝二年三月二十日、作者:大伴家持

[題詞]為家婦贈在京尊母所誂作歌一首 并短歌

右廿日雖未及時依興預作之

白玉之   見我保之君乎  不見久尓  夷尓之乎礼婆  伊家流等毛奈之
しらたまの みがほしきみを みずひさに ひなにしをれば いけるともなし


<大意>
白玉の 見が欲し君を 見ず久に 鄙にし居れば 生けるともなし
 

[tabibito的解釈]
真珠のように逢いたいと思うあなたに、お逢できないまま長いこと鄙の地におりますと、生きた気もありません。


<一言>
妻の坂上大嬢が都にいる母坂上郎女に贈るために、頼まれて作った長反歌各一首の反歌。大伴家持の作。

みがほし【見が欲し】: 見たい。 会いたい。 

みずひさに【見ず久に】: お逢いできないまま日が立ち。

ひなにしをれば【鄙にし居れば】: 田舎にいると

いけるともなし【生けるともなし】: 生きた心地もありません。


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