梅 そして 万葉集より抜粋

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私はまだアブラナと菜の花、そしてカラシ菜の区別が付きません。

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これは単に後の万葉集に関連付けただけの事です(一応は今日撮影した写真ですけれどね)

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昨日の芥川堤防の雪の状況です

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此方は同じく天王山の様子ですが日曜日の大河ドラマ今度は此処も舞台に成るのでしょうか秀吉と明智光秀が戦った所謂天下分け目の天王山です




[万葉集より抜粋]

<原文及び読み>

巻八・一四五二          紀郎女

闇夜有者          やみならば
宇倍毛不来座       うべもきまさじ
梅花             うめのはな
開月夜尓          さけるつくよに
伊而麻左自常屋      いでまさじとや
    
<大意>
闇ならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける 月夜に 出でまさじとや


[tabibito的解釈]
闇夜だから貴方が来なかったと言うのなら許してあげましょう ダケド梅が咲いていてその上月夜だったと言うのにどう言うつもりなの!

            

<一言>
紀郎女が家持に折角待っていたのにどうして来なかったかと詰問しての歌ですね
家持からすれば大伴坂上大嬢の所も行かなくてはいけないし此方も無碍には扱えないし
色男の家持君つらい所ですがどう胡麻化したのでしょうね?


【お知らせ】
今日の万葉集で二百一首目に成りましたこの調子では万葉歌全部載せるには百歳を優に超してしまうでしょうね、

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この記事へのコメント

mt77
2011年02月16日 19:16
雪白く天下分け目の天王山。
なだらかな山なのですね。

いつも疑問に思っているのですが、今回の一首も私事でなお且つ男女間の個人的な深い関係をよんだもののようなのですが、よみ方は自分のよんだものが多くの人の目にさらされることを想像しながらよんでいるのでしょうか。
それとも受け取った側が男女の仲の勲章として保管していたものが後の世に出てしまったものなのでしょうか。
後者だとすれば何と無く仕方が無いかと思えるのですが、前者だとするとこの時代は大らかな時代であったという事になるのですが、「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」というものもあり良くわかりません。


tabibito
2011年02月16日 21:04
mt77さまへ
今回のコメントの返事は先日お知らせしていたNHKの番組で今から一時間後に有る「歴史ヒストリア」で私に変わって回答されるのではないかと思います。
見て下さいね、
2011年02月17日 09:06
菜の花ってアブラナ、カラシナ、諸々の菜っぱの花だと思います。これって断定できない時は『菜の花』で通る?のではないでしょうか・・花だけでは区別はつきませんね~葉とかの情報も必要になるのかなと・・

万葉の頃、このような歌を即興で作った技にビックリします。文字の文化がまだ確立されない時“うた”にして披露されたらしいですね~ でもそれからがしてそもそもこのような“うた”には出来ないような気がするのですが・・今で云うなら、ツイッターや携帯のメールみたいな事だったのではのお話しに妙に納得しました。
家持さんの相関図みましたが相当なもて男だったのですね~そのころ歌が[上手=もてた]そんな図式に呆れました。それと額田王の魅力に諍いが起きた事にも@@/でした。いろいろあってそれでも語り継がれた万葉集なのですね。とろんとした頭で聞き入っておりました。
tabibito
2011年02月17日 10:01
nobaraさまへ
先日の雪の芥川堤防に菜の花?アブラナ?からし菜?が毎年結構花を付けて生えるので時々少しずつ摘んでは家で湯掻いてマヨネーズか胡麻ドレッシング若しくは酢味噌で食べるのです。結構いけますよ!
昨日の「歴史ヒストリア」今一つ、私が望む答えが出ませんでしたが(私の疑問は当時の作者不明と言う一般庶民の歌がどうして残ったのか当時の人達が文字は書ける人が少なかったと思うのですが?
案外文盲の人って少なかったのでしょうか?)
役人達が聞き取りで記録したにしては家庭内の(普通ならおもてにださないこと)悩みが赤裸々に表現されている事に驚きを感じています。
家持君は想像以上のプレイボーイだったのですね、羨ましい限りです。体が幾つあっても足りなかったのではないかと心配しますが??????。

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